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実夏の あっ地こっ馳 紀行

ご注意;★このブログの登場人物はフィクションです。
●9月8日  県立酉浜高校 =チャイキャベ・レポート
●9月8日  県立酉浜高校

 月曜日の朝、隣でお姉ちゃんがあくびしながらつぶやいた。
「ふあぁあ。実夏、おはよう。今朝のベッド揺れてないね」
 昨日の朝はにっぽん丸の中にいたのに。
 小樽からそのまま新千歳空港に行って、白い恋人たちを両手いっぱい買って、飛行機に乗って午後遅く、藤沢のわが家に帰ってきた。留守番していたチャコ従姉ちゃんが、手作りの料理を用意して待っていてくれた。善行駅までチャコ従姉ちゃんを送っていって、旅は終わった。日常が戻ってきた。
 一つだけ終わっていないことがあった。そう、文芸部の部長選だ。

 昇降口には涼南センパイが待っていた。
「尾花さん、おはよう」
 冷たい声でいう。
「お、おはようございます。あ、これ、お土産です」
 あたしは、にっぽん丸のボールペンをセンパイに渡した。
「わかってるわよね。今日の放課後、部室で次期部長を決めるから。必ず出席しなさいよ」
「はい。覚えています」
「レポート、できたの? 宮沢賢治の謎」
「昨夜帰ってきたばかりですから、文章にはしていませんが」
「上等よ。あ、お土産ありがと」
 そういって、涼南センパイは長い髪を翻して3年生の教室に向かった。後ろで、夏美お姉ちゃんが、「しっしっし」とチェシャー猫のように笑っている。
 
 放課後、文芸部の部室になっている印刷室に行った。右手に「白い恋人たち」、左手には校庭で拾った松の枝を持っていった。
印刷室には、役者がそろっていた。那須先生、涼南センパイ、チャイキャベちゃん、それに1年生のルーキー五行くん。チャイキャベちゃんとあたしのレポートを、那須先生、涼南センパイ、五行クンが1人1票で投票して優劣を決める。どうせ3対0でチャイキャベちゃんが勝つのだろうけど。
 広い作業用のテーブルに腰かけて、報告会は始まった。
「じゃあ、チャイキャベちゃんから」
 涼南センパイの声に、チャイキャベちゃんが座ったまま話し始めた。
「私の課題は、『産業組合の理想とは』でした。
 組合とは、一人ではかなえられない大きな夢をみんなで少しずつ力を出し合ってかなえていこう、という考えです。いまの生協とか、農協とか、森林組合とか…協同組合は、その理念で活動しています。それは、株式会社とも、共産主義ともちがった、もう一つの共同体のありかたです。
 宮沢賢治は、産業組合を詩にしています。あるいは『ポラーノの広場』では、産業組合を作るところで話を終えています。その理想や理念は理解していたはずです。
 しかし、賢治が実践したのは真逆でした。自己犠牲です。
賢治は、自己犠牲の上に、岩手の貧しい農民を救おうとしてしまったのです。みんなで少しずつ力を出す、という大変な作業をあきらめて、ある意味イージーで美しく見える自己犠牲を進めてしまったのです。
 これが、賢治の過ちであり、限界でもありました。
 わたしには、『ポラーノの広場』を書いた人と『グスコーブドリの伝記』あるいは『銀河鉄道の夜』のサソリの話を書いた人が、同じ人だとは思えません」
 ぽつぽつと、ゆっくりと、噛んで含めるようにチャイキャベちゃんは話した。話し終えた後、しばらく誰もが口を利かなかった。涼南センパイが、眼鏡をとって涙をぬぐった。どう考えたって、あたしの負けだよ。
「えっと、じゃ、次。尾花さん」
 涙をごまかすように涼南センパイがあたしを指名した。
「は、はい。あの、その前に…」
「なあに?」
「棄権しちゃあだめですか?」
 あたしの言葉に、涼南センパイはキッとした顔で答えた。
「ダメ」
 センパイの目から、涙はもう消えていた。仕方ない。あたしも話すか。

 SUZUNA.jpg
《涼南センパイは長い髪を翻して3年生の教室に向かった》
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