実夏の あっ地こっ馳 紀行

ご注意;★このブログの登場人物はフィクションです。
■  9月6日  サハリン = ブランコの向こうで

 ダーチャの庭には、3人掛けのベンチのようなブランコがあった。ベンチがそのまま揺れている感じ。あたしの両側に夏実お姉ちゃんと立柳さんが座った。3人でかわるがわる、地面に枝で文字を描いていった。枝は、アナトリーさんのリンゴの樹から落ちたものだ。サハリンの丘の上で午後の数十分間、女3人でHELLをLOVEに化けさせようと苦心していた。
 ツアー唯一の通訳の立柳さんを独占して悪いな、と思ったけど、ほかのお客さんたちは、アナトリーさんやジアーナさんを囲んで、日本語と英語で会話をつなげていた。赤い実を口にもっていって食べるふりをすれば、それで「リンゴを食べる」ということが伝わる。「りんご」だろうと「アップル」だろうと「ヤーブラカ」だろうと、何と名付けてもいい。リンゴは、リンゴなんだね。
「え? 実夏?? ヤーブラカってロシア語!?」
 夏美お姉ちゃんが急に立ち上がった。揺れていたブランコが急停止した。
「危ないなあ、お姉ちゃん」
「ごめん、実夏。立柳さん、『地獄』と『愛』って、ロシア語でなんて書くんですか」
 そうか。宮沢賢治の時代は、サハリンの北半分がロシアだったんだ。日本が経験した数少ない陸地上の国境線が引かれていた。南樺太の栄浜には、ロシア語だって流れてきただろう。宮沢賢治なら、陸続きの外国の言葉をどん欲に取り入れたかもしれない。ロシア語のヘルなら、もしかしてラブに代わるかも。

999DSCF0173.jpg

《3人掛けのベンチのようなブランコがあった》
スポンサーサイト
尾花実夏☆ロシアまで*愛をこえて | トラックバック:(0) | コメント:(0) |permalink
<< ■  9月6日  サハリン = ロシア語の愛 | ホーム | タイトルなし >>
Comment

管理者にだけ表示
Trackback
| ホーム |