実夏の あっ地こっ馳 紀行

ご注意;★このブログの登場人物はフィクションです。
■  9月6日  サハリン = ダーチャ村

 バスは、コルサコフの街の海食崖をぐっと登って、ユジノサハリンスクへ向かう広い道路を走っていた。この辺りが鈴谷平原の入り口だ。10分も走らないうちに、信号もない交差点を右折して、灌木の林の中に入っていった。にっぽん丸のツアーだから不安はなかったけど、なんだか、このまま身ぐるみはがされてもおかしくないような森だった。そんな平原の縁を軽く登っている。
 突然、林の木が低くなり、明るくなった。道の左側に、かわいい小屋がぽつぽつ建っている。それらの小屋が、ダーチャの作業小屋兼別荘だった。この辺りは、ダーチャがたくさんある「ダーチャ村」だ。日本語にすれば、家庭菜園団地。なんか、さみしい語感だね。あたしたちのバスは、その中の一つの小屋の庭に入っていった。

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《この辺りは、ダーチャ村だ》
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■  9月6日  サハリン = 立柳さん
 にっぽん丸のツアースタッフは、水色のおそろいのポロシャツを着ている。制服というわけではないだろうけど、一目でわかるし、活動的だし、なんといってもかわいい。あたしたちのダーチャ・ツアーの添乗員さんも、そのシャツを着ていた。20代後半だろうか。ショートボブで、ポロシャツと笑顔が似合っている。
「初めまして、立柳安理沙(たちやな ありさ)と申します。じつは、学校でロシア文学を専攻していて、ツアーコンダクターの仕事は年に数回しかしていません。慣れていないこともありますけど、よろしくお願いします」
と自己紹介してくれた。きのう、モリさんが教えてくれたとおり、文学に詳しいガイドさんだ。あたしにとって、最高の人選だ。
 立柳さんさんが、運転手さんに「ミーニャ、ザブート、タチヤーナ」と自己紹介する。運転手さんが「そうかい、タチヤーナちゃんっていうのかい」みたいなリアクションをした。タチヤーナさんって、ロシアではわりと一般的な名前らしい。
 ツアー中の注意事項と簡単な案内をしてくれたあと、立柳さんは補助いすをばたんと倒して、私たちの隣に腰かけた。
「モリさんから聞きましたよ。宮沢賢治の謎、解いているんですって?」
 夏実お姉ちゃんのほうを向いてそう話しかけた。
「それをやっているのは妹のほうです」
「あら、ごめんなさい」
「立柳さんも宮沢賢治を?」
「いいえ、私の専攻はチェーホフ。『かもめ』を一語一語読み解いているの。読んだこと、ある?」
 文芸部で文士劇をやるだの、やらないだのといったとき、流し読みしたことはある。デカダンじみた劇中劇のヒロイン、ニーナさんがアイドルスカウトに引っかかって、殺人事件に巻き込まれるという…え?違ったっけ。
 あたしの『かもめ』のあらすじを聞いて、立柳さんと夏実お姉ちゃんが腹を抱えて笑った。
「実夏、ちょっと、そんなんでホントに宮沢賢治の謎、解くつもり?」
 いいじゃん。賢治もきっと、「『かもめ』は関係ない。波に聞け」っていってくれるよ。

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《わたしゃ立つ鳥、波に聞け》
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■  9月6日  サハリン=マイクロバスでダーチャへ

 放送が流れて、あたしたちのツアーの出発時刻になった。桟橋にはモリさんがいて、てきぱきとスタッフに指示を出していた。バーにいてカクテルを作るモリさんもかっこいいけど、ツアーを仕切るモリさんも凛々しい。あこがれてしまう。
 ギャングウエイ(タラップ)を降りるとき、夏実お姉ちゃんにあいさつした出入国管理官が鋭い目を光らせていた。お姉ちゃんに教わった通り、たどたどしく「ドブストラチ」と声をかけると、管理官は吹き出しそうになりながら「ハラショー!」と返してくれた。ロシアにも、お世辞の文化があるんだ。
 桟橋に並ぶ大型観光バスの間を抜けると、マイクロバスが1台停まっていた。それが、あたしたちのダーチャ・ツアーのバスだった。定員20名だから、まあ、こんなもんだろうなあ。
 でも、窓にはカーテンをつりさげてくれたりして、精一杯のおもてなしをしてくれているようだった。もしかして、目隠しかもしれないけど。

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《マイクロバスが1台停まっていた》
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■  9月6日  サハリン=コルサコフ港桟橋

 雨はますます本降りになってきた。ブリッジの真下の休憩スペースでは、昨日のアカペラ合唱団が、ロシア民謡を歌っていた。練習なんだか、趣味なんだか、サービスなんだかわからないけど、雨のサハリンで聞くロシア民謡は、なぜか沁みて聞こえた。きっと、雨だからいいんだ。晴れたら明るすぎる。雪だと、舞台装置ができすぎているからね。
 乗客の入国手続きがほぼ終わったころ、あたしたちは、プロムナードデッキに出た。桟橋にはレールが敷かれている。何年か前に廃止になったようだけど、以前はここからユジノサハリンスクまで列車に乗るオプショナルツアーもあったようだ。
今回は、貸し切りバスで移動する。
 次々と貸し切りバスが桟橋に入ってきて、並んだ。意外と、といってはサハリンの観光会社に失礼だけど、新しいバスだった。カボタージュとか、ワンタッチルールとかで、日本の周りのクルーズ客船は、外国の港に無理やりにでも入らなくてはならないルールがある。中国と仲が悪くなっている今、コルサコフ港は、クルーズ客船が寄港しやすい貴重な外国港なのだ。だから、観光船の受け入れ態勢はしっかりしているのだろう。

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《次々と貸し切りバスが桟橋に入ってきて》
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■  9月6日 サハリン=ロシアへの入国手続き
 
 ロシアへの入国手続きも船内で済んだ。にっぽん丸に預けているパスポートをいったん返してもらって、ロシア人の出入国管理官と税関職員の前でチェックされる。迷彩服は来ていなかったけど、兵隊さんのようにごっつい体つきで、校長先生のように厳しい顔つきだった。あたしは、何か聞かれるのじゃないかとかなり緊張して、直立不動の気を付け!の姿勢をしてパスポートを預けた。
 隣のレーンの夏実お姉ちゃんの担当官も、あたしの前の職員と同じくらい厳しい顔をしていた。でもお姉ちゃんは、緊張などしていない様子だった。度胸があるのか、QEDをなめているのか、どっちだろう。パタンと音を立ててお姉ちゃんのパスポートが閉じられ、返された。お姉ちゃんはにっこり笑って「スパシーバ」といった。いかつい顔の担当官も、わずかに口を開けて歯を見せ「パジャールスタ」と答えた。すごい! ロシア人とコミュニケーション、取ってるよ。

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《スパシーバ》
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■  9月6日  サハリン=朝5時半
 
 日本でもロシアでも、南半球でも、天気は基本的に西から東へ移る。コリオリの力だか、偏西風だか忘れちゃったけど(あとで地理のチャコ従姉ちゃんに聞いてみよう)、夕焼けは晴れで、朝焼けは雨だ。そのことわざのとおり、朝食を食べている間に、にっぽん丸は雨に包まれた。朝日、見ておいてよかったね。でも、これから家庭菜園へのツアーだよ。できれば上がってほしいな。
 にっぽん丸は、ゆっくりとコルサコフの岸壁に接岸した。雨の中をにっぽん丸の船員さんと、ロシアの港湾担当官たちが船と岸壁とでいろいろやり取りをしている。何語で話しているんだろう?
 小樽の港も殺風景だったけど、コルサコフはさらに輪をかけて殺風景だった。大きなクレーンが並んでいた。山下ふ頭にあるような、赤と白の華奢なガントリークレーンではない。鈍い水色に塗られた太い鉄材でできている。戦車で撃っても倒れないようなデザインをしている。港の建物は、3階建ての切妻屋根だ。「ようこそコルサコフへ」など一言も書かれていない。
 遠くに、丘が見える。丘の上は平らで、どこまでも続いていた。チャコ従姉ちゃん、海食崖っていうんだよね、これ。木立はなく、灌木が崖を覆っている以外に、緑は見られなかった。暗いのではなくて、鈍いのが、あたしのコルサコフ港の第一印象だった。
 さくらママが「この景色、なんの絵の具で塗ればいいんだろう」ってぼやいていた。弥生ママも「このままイラストにしていいのかなあ」なんて笑っている。でも、だから、なんとなく、あたしはこの無骨な港の景色が気に入っていた。たぶん、宮沢賢治のころから、この鈍色は変わっていないのだろう。シェラトンやANAのホテルが建つ前に訪れて、よかったと思うよ。
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《この景色、なんの絵の具で塗ればいいんだろう》
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■  9月6日  サハリン=朝5時半
●9月6日  サハリン
 サハリン時間の朝5時半に目が覚めた。って、日本時間では朝の3時半だよ。でも、船の上から見る朝日って好きだし、6時からモーニングコーヒーが始まるから、寝てられないよね。それに、もう夏実お姉ちゃんは起きだして船内のどこかに行っているし。
 部屋のテレビモニターで航路を見ると、にっぽん丸は宗谷海峡を越えて、コルサコフの沖にまで来ていた。宮沢賢治もわたってきた海だ。デッキに出てみると、東の空がもう赤かった。きれいな朝焼け。これを見ただけでも、日本時間の朝3時半に起きた甲斐はあったね。波はべたなぎ。それでも、小樽の海とも、石垣の海とも、江の島の海とも違う。どんな気分で宮沢賢治はこの海を眺めたんだろうか。
 ちゃぷちゃぷと音を立てて、にっぽん丸はゆっくりと進んだ。ロシアの税関や出入国管理官の始業時間に合わせて、時間調整をしているのだろうか。それなら、もう少し寝ていればよかったかな。ふぁぁぁ。
「実夏、おはよ!」
「うわぁ」
 お姉ちゃんがいつの間にか後ろに立っていた。
「驚くことないのに」
「音を立てずにあたしの後ろに立つような真似はしないで」
「なにそれ? スパイの映画?」
 ゴルゴ13なんだけどなあ。せっかく、ロシアまで船で来ているんだから、ちょっとハードボイルドな雰囲気になってもいいじゃん。
「それよりも、ほら、モーニングコーヒー始まるよ」
「わお」
 あたしたちは、最上階のラウンジに駆け上った。ラウンジには、弥生ママとさくらママがいた。さくらママは、スケッチブックに朝焼けの色を写し取っている。
「あなたたち、おはよう」
 あくびをかみしめながら、弥生ママがいった。ママたち、昨夜は何時まで起きていたんだろう。

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《どんな気分で宮沢賢治はこの海を眺めたんだろうか》
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■ 9月5日 小樽出帆 = あたしの2時間、返してよ。

 ナイトスナックで焼きおにぎりを食べて、その晩はベッドに入った。
 日本とサハリン州との間には時差が2時間ある。船の上では、深夜0時に時刻修正をする。今晩の0時がいきなりサハリン時間の2時になる。つまり、明日の朝は2時間早起きしなくてはならないんだ。ほぼ真北に向かっているはずなのに、2時間も時差があるのは、日本の標準子午線が兵庫県あたりを通っているからで、サハリンの標準子午線からみればかなり西にある。
 …って、理屈ではわかっているんだけどね、あたしの2時間返してよ。


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《ナイトスナックで焼きおにぎりを食べて》
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■ 9月5日 小樽出帆 =添乗員さんは
 モリさんは手を休めずに、いろいろな瓶を出してきて、カクテルを作る。小さめのブランディーグラスに入った2種類のドリンクがあたしたちの前に出てきた。
「わっ、かわいい」
 濃い緑色と、薄い緑色。濃いほうには、クランチした木の実がまぶしてある。薄いほうは何かのフルーツをライスして飾ってある。
「名前はついていないんですけど…」
 ちょっとはにかんで、モリさんが説明してくれる。
「青いクルミと、酸っぱいカリンをイメージしてみました」
「宮沢賢治ですね、又三郎!」
 お姉ちゃんがすぐに答えた。そうだったのか。
「そう。宮沢賢治の謎、探っているんですって?」
「はい。妹の次期部長の椅子がかかっているんです」
「それは大変ね」
 正確に言うと、次期部長を降りられるかどうかがかかっているんだよ、お姉ちゃん。
 あたしは、部長から出された宮沢賢治の謎をかいつまんで説明した。詩の中にある、小枝で作った『HELL』を『LOVE』に直す、という一節だ。
「なるほど、難問ですね」
 モリさんが一瞬、しかつめらしい顔をした。そのあと、カウンターの中をごそごそして、プラスチック製のカクテルピンをたくさん出してきた。
「陸(おか)のバーと違って、マッチ棒がないんですよ。だから、カクテルピンで」
と笑顔を見せながら、カウンターの上に「LOVE」とか「HELL」とか描いていった。
 しばらくいろいろ動かしていたけど、
「これ以上考えると、仕事になりませんね」
と、笑って片付けた。
「それで、明日はオプショナルツアー、参加いただけるんですか? それとも船内で?」
「ママたちと4人で、ダーチャに行きます」
「それならよかった。ダーチャに行く添乗員さん、文学詳しいはずですよ」
「ほんとですか」
 あたしは大きな声を出してしまった。弥生ママが顔をしかめた。ごめんなさい、大人の雰囲気壊してしまって。でも、朗報でしょ。

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《カクテルを作り始める》
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■ 9月5日 小樽出帆 =モリさんと再会
 弥生ママはカウンターに座っていた。カウンターの内側には、モリさんがいた。
「お久しぶりですね、かわいいツインズさんたち」
「覚えてくれていたんですか?」
「忘れないわよ。私のカクテルを飲んだ最年少記録ですから」
 沖縄のクルーズのときにモリさんが作ってくれたカクテルは、ノンアルコールだったけど、おいしかった。今夜も飲めるだろうか? 弥生ママの前には、水色のロングスタイルのカクテルが置いてあった。にっぽん丸のオリジナルカクテル「マリン・ディライト」だ。日本酒がベースになっている。とてもきれいな色で、ほのかに乳酸飲料のような味がするという。ああ、あと何年我慢すれば、飲めるのかなあ。さくらママは弥生ママの隣に座った。「おかえりなさい。お嬢さんたちはどこにいらしたんですか?」そう言って、モリさんはピンク色のカクテルを出した。
「煙突の下で歌うたってたわ」
やっぱり、さくらママに聞かれていたんだ。
「このカクテルは何というのですか?」
 弥生ママがカメラを向けながらモリさんに尋ねた。
「シン・サクラです。焼酎ベースで、かつて走っていたにっぽん丸の姉妹船『新さくら丸』のオリジナルカクテルです」
 さくらママがおいしそうに飲む。弥生ママも一口味見して、得心した顔をする。うわぁ、早く大人になりたい!

MORISAN
《カウンターの内側にはモリさんがいた》
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