実夏の あっ地こっ馳 紀行

ご注意;★このブログの登場人物はフィクションです。
■航海一日目 那覇港出帆=8   2011年2月5日
■航海一日目 那覇港出帆=8   2011年2月5日

(承前)

「ねえ、弥生ママ。お願いがあるの」
「なあに?」
「バーに連れてってほしいの」
「え?」
「もちろん、お酒は飲まないけど、どんな雰囲気だか、ちょっとだけ」
「断られるかもしれないよ」
 そういいながら、弥生ママは五階の前方、『ネプチューン・バー』に連れて行ってくれた。
 バーは薄暗い雰囲気で、ほかのお客さんはいなかった。時折、波に揺れてグラスがカタカタ鳴った。
「子ども連れだけど、いいかしら?」
「きょうはもうお客さんが来そうもないから…。アルコールは出せませんけど」
 そう答えてくれたバーテンダーさんは、ママと同じくらいの年の女のひとだった。白いシャツと黒いベストをビシッと身に着けていた。夏実お姉ちゃんが憧れの目で見つめていた。

MORISAN
《「ノンアルコールのカクテルでもつくりましょうか」》

 カウンターに座らせてもらった。少し高くて、脚が届かないばかりか、カウンターのテーブル面も胸の上あたりにあった。
「ノンアルコールのカクテルでもつくりましょうか」
 優しい声で尋ねてくれた。
「お願いします。それから、私にはお酒の入ったものを」
「にっぽん丸のオリジナルカクテルがありますが」
「じゃあ、それを」
 モリさんというバーテンダーさんは、シェイカーにいろいろなジュースや氷を入れて、シャカシャカとシェイクした。夏実お姉ちゃんとあたしと、弥生ママの前に置かれたグラスに、次々と注いでいった。
 夏実お姉ちゃんのカクテルは、レモンのような冴えた黄色だった。あたしはオレンジ色。弥生ママは水色だった。
「すてき」「きれい」
 あたしたちは思わず声をあげた。
「お母さまのが、にっぽん丸オリジナルの『マリン・ディライト』です。お嬢さまのが『カストル』と『ポルックス』です」
「ふたご座の星ですね」
「そう。よくご存じですね」
「あたしたちが双子って、わかってたんですか?」
「よく似たかわいいお嬢さまが乗っているって、船じゅうの噂ですよ」
 バーテンダーさんは、にっぽん丸に乗って世界中を旅している。船旅の面白さを話してくれた。
 ガラパゴス、キール運河、エジプト、ニューヨーク、タヒチ、アラスカ…
 その話を書いていくだけで、立派な航海記ができると思う。あたしたちは次々に話をせがんだ。弥生ママは仕方なく、お酒を追加した。
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■航海一日目 那覇港出帆 =7 2011年2月5日
■航海一日目 那覇港出帆 =7 2011年2月5日


(承前)
そこは、木を張ったデッキで、煙突の真後ろ、船の航跡を眺められるところだった。イスが並べられて、「ティン・トン・ティン」と男の人が三線を奏でていた。それだけで、とてもいい雰囲気の場所だった。
イスに座って空を眺めると、ほのかに北斗七星が見えた。そうか、南に進んでいる船の後ろを眺めれば、北の星が見られるのか。
 そのうち、三等航海士さんがマイクを持って話をしてくれた。まだ若い女の人だった。ブリッジに無線で連絡して、船の余分な明りを消してくれた。
するとどうだろう。
 今まで見えていなかった小さな暗い星も、だんだんと見えるようになったのだ。一緒に見ていた船客も「おおお」と声を上げるようになった。いつの間にか、砂粒のようにたくさんの星に包まれていた。夏実お姉ちゃんが、あたしの手をぎゅっと握った。怖いの?

seiza
《三等航海士さんが、一つ一つ星や星座を教えてくれた》

 三等航海士さんが、レーザーポインタで指しながら、一つ一つ星や星座を教えてくれた。オリオンの三つ星。全天で一番明るいシリウス。すばる。そして、頭の上にはふたご座が来ていた。
「あたしたちの星だね」
「空の上で、ギリシャの双子の神様は、わたしたちを見ているのかな」
 最後に教えてくれたのは、北斗七星と北極星だった。
「北斗七星のひしゃくの中には、何が入っているかご存知ですか? 冬のあいだ上向きだった北斗七星は、だんだん傾いて昇ってくるようになります。いま、垂直になっていますね。そして、あと一か月もするとさかさまになって昇ってくるのです。あの中には『春』が入っていて、空から振りまいてくれるのです」
 そう話してくれた三等航海士さんの言葉に、あたしたちはとても大きなモノに包まれているような、なにか宗教的な気持ちになった。
 さくらママはもう少しデッキにいるといっていた。さくらママをおいて船の中に入ると、弥生ママが尋ねた。
「実夏たち、もう寝る?」
 あたしはすぐに反論した。
「まさか。ママ、夜はこれからだよ」
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■航海一日目 那覇港出帆 =6 2011/2/5 (土)
■航海一日目 那覇港出帆 =6 2011/2/5 (土)

(承前)
 化けの皮が剥がれた葛原さんに適当な相槌を打ちながら、あたしたちはディナーを食べ終えた。デザートには沖縄産のパッションフルーツ、ムラサキイモのモンブランが出た。
 フィリピン人のパーサーさんが、
「コーヒーですか? 紅茶ですか?」
 と聞きに来た。
 この船では、紅茶もコーヒーも同じカップを使って飲むようだ。
 あたしは、いつも通りコーヒーを頼んだ。ところが、お姉ちゃんは、
「あ、実夏。減点2」
 と指をさしてあたしを笑った。
「なにが減点なの?」
「にっぽん丸は紅茶がおいしい船なんだよ。世界一周のロングクルーズでも、同じ紅茶は二度と出さないというくらいなんだって。だから、ルポライターを目指すなら紅茶を頼まなきゃね」
「し、知ってるよ。でも、今日の紅茶はダージリンじゃん。どこだって飲めるじゃん」
「食通はお寿司屋さんで、どこだって食べられるギョクを注文して店の格を見極めるんだよ」
 そういいながら、夏実お姉ちゃんはカップの向こう側に置かれたスプーンを手にして、ミルクと砂糖をいれてかき混ぜた。お姉ちゃん、そこまでツウを気取るなら、ストレートで飲みなよ。
 あたしはカップの手前のスプーンをわざとよけて、ブラックでコーヒーを飲んだ。うわ、苦いっ! でも、お姉ちゃんに分からないように、できるだけ顔に出さないように我慢した。
 いまさらデザートを食べている葛原さんを置いて、あたしたちはレストランを出た。弥生ママはついお財布を捜しちゃったけど、もちろんお金は払わなくていい。ついでに、テーブルの上のメニューも記念にもらった。

ドルフィンホール
ホールでコンサートが始まった》…写真はにっぽん丸専属ユニット「デュアリス」

 ホールでコンサートが始まった。
 沖縄の音楽とラテンミュージックのコラボ。客船のホールはステージも小さくて、段差もあまりないから、歌手や演奏する人たちとの距離がすごく近い。コンサートホールというよりも、ライブハウスに近いかもしれない。一体感がある。目の前で演奏してくれる。
 その臨場感に、あたしたちはハイになった。お姉ちゃんはワンピースの裾を揺らして何やら口ずさんでいる。冷静なさくらママも、首を振ってリズムをとっていた。
 歌手が『花祭り』をスペイン語で歌いながら客席に来た。夏実お姉ちゃんの前にマイクを差し出した。一瞬戸惑ったお姉ちゃんは、それでもマイクを持って、
「♪今夜は楽し~い 花ぁ祭り 踊りなが~ら歌を歌おう 酒に酔って、唄に酔って、船に酔って」
と即興の歌詞で歌った。会場から拍手がわきあがった。でも、船に酔っちゃっていいの?
 コンサートのあと、お客さんは船の中のいろいろなところに散っていった。バー、お風呂、売店、映画館、カジノ…。あたしたちは屋上のスポーツデッキで開かれる『星座教室』に向かった。
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■航海一日目 那覇港出帆 =5 2011/2/5 (土)
■航海一日目 那覇港出帆 =5 2011/2/5 (土)

(承前)
「そうでしたっけ?」
 とぼけたわけではなかった。デッキでは、さくらママの位置からはトレンディー氏が見えなかったのだ。
「覚えていますよ。お嬢さんが手を振っていたのも」
 あたしの方を見ていった。
「この子は娘じゃありません」
「では、独身で? 妹さん?」
「こっちが娘です」
「それは失敬。ええと、お嬢さんの名は?」
 その質問に、夏実お姉ちゃんは澄ました顔で答えた。
「セイラです」
 あーあ、でたらめの名前を答えたりして。後でややこしいことになったってあたしは知らないよ。でも、さくらママも弥生ママも、この人にはちょっとうんざりし始めていたから、夏実お姉ちゃんをとがめなかった。
「そうですか。素敵な名前ですね。きっと、ステキな人が名づけたんでしょう。そうそう、わたくしはこういうものでして」
 背広の内ポケットから名刺を取り出した。
 名刺には
『株式会社フィナックス CEO投資コンサルタント 葛原倫太郎』
と書かれていた。いまどき~Xで終わる会社? 投資コンサルタント? なぜCEOがコンサルタントを兼ねてるの? 危ないよ、この人。
 あたしたちは極力、この人とかかわり合いがないように4人の家族で話をしていた。でも、トレンディー崩れの葛原さんは、積極的にさくらママに話しかけてきた。
「みなさんは、船にはよく乗るんですか」
「いいえ。初めてです」
「そうですか。わたくしもこんな大きな船は初めてなんですが、ヨットやボートにはよく乗ってましてね。わからないことがあったら、何でも尋ねてください」
 いいよ。あんたに尋ねなくても、船員さんはたくさんいるんだよ。みんな、親切だよ。

おきなわうしの
《おきなわ牛ももの赤ワイン煮込み・北あかりポテトムース添え》

 そのとき、にっぽん丸が汽笛を鳴らした。
「ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ」
 と短く5回。パーサーさんたちはサービスに専念していたが、マネージャーさんだけはその汽笛に気付いたようだった。さりげなく、パーサーさんにいろいろな指示をしていた。そして、船がゆっくり左側に傾いた。
「おや、少し傾きましたね。でも大丈夫です。遠心力があるからこうやって左にカーブを切ってるんです」
 葛原さんがいった。下を向いて『おきなわ牛ももの赤ワイン煮込み・北あかりポテトムース添え』を食べていた夏実お姉ちゃんが、顔をあげて黒縁の眼鏡の奥を光らせた。
「わあ、船について詳しいんですね」
 知らないよ、葛原さん。お姉ちゃんの射程距離に入っちゃったよ。
「まあね。もっともわたくしはヨットとボートが専門ですけど」
「どちらに泊めているんですか?」
「湘南です」
「かっこいい! 湘南のどちらに? わたしたち逗子や江の島にはよく行くんですけど、どこのマリーナですか」
「え、ええと…茅ヶ崎です」
 あたしたち4人は顔を見合わせた。おいおい。逗子でも江の島でもなければ茅ヶ崎かい。茅ヶ崎にマリーナなんてあったっけ?
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■航海一日目 那覇港出帆 =4 2011/2/5 (土)
■航海一日目 那覇港出帆 =4 2011/2/5 (土)


(承前)
「ねえ、実夏。夕食のワンピースだけど『小公女セーラ』と『ペリーヌ』とどっちがいい?」
「それって、アニメの主人公?」
「安心して。カルピス名作劇場だから、大人の人にもウケがいいよ」
 安心できるかい!
 で、結局あたしは白いスカラップ襟がついた紺色のワンピースを選んだ。
「そっちがペリーヌだよ。番組の後半で、パンダボアヌ工場の秘書になったときのだよ」
といって、夏実お姉ちゃんは広い襟がついた水色のワンピースを着けた。
「わたしがセーラだね」
「あの…お姉ちゃん、『セーラ』とか『ペリーヌ』とか、呼び合わないでよね」
「大丈夫。たぶんね」
 たぶんじゃ困るんだよ。
「にっぽん丸」のメイン・レストラン『瑞穂』は、あたしたちの部屋のすぐ近くにあった。入り口で、男性のレストラン・マネージャーさんが
「4名様ですね。ようこそ」
 といって、女性のクルーに案内させてくれた。クルーの多くはフィリピン人ということだったが、普通の会話なら日本語で充分だった。ちょっと込み入った話は、弥生ママが英語で伝えてくれる。
 あたしたちが案内されたテーブルは6人がけだった。
 クルーたちは、用意してあったフォークやお皿のうち、2人分をテキパキと取り除いてくれた。そして、サーモンが乗ったオードブルが運ばれてきた。きれいな盛り付けに、あたしたち4人は思わず声をあげてしまった。

1日目夕食 サーモン
《サーモンが乗ったオードブルが運ばれてきた》

 その声に呼び寄せられるように、男性が一人やってきた。奥の方の席に案内されていたのに、途中で案内を振り切って、なぜかあたしたちのテーブルに座った。
「ここ、よろしいですか」
 座ってからそういったのは、さっきデッキでテープを投げそこなった、トレンディードラマ崩れの長髪の男だった。スーツ…というより背広といったほうが似合う、灰色のジャケットを着けて、胸もとには蝶ネクタイが付いていた。とうとう、この席だけドレスコードがマスカレードになっちゃったよ。
 フィリピン人の女性クルーはいやな顔もしないで、取り除いたばかりのフォークやナイフを並べはじめた。あたしたちがカボチャのスープを飲み始めたころ、遅れてトレンディー崩れ氏の前にオードブルが並んだ。
「やあ、さっきデッキでいっしょでしたね」
 五十年前のアメリカの青春ドラマのような口調で、トレンディー氏がさくらママに声をかけた。
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■航海一日目 那覇港出帆 =3 2011年2月5日
■航海一日目 那覇港出帆  2011年2月5日

 
(承前)
 それまで、さっき見残した船内見学をした。食堂は2か所、売店も2か所、バーは4か所もあった。バーは大人の人がお酒を飲むだけではなかった。遅めの夕食までお腹が持たない、あたしたちのような子どもも歓迎してくれた。その中の、「リド・グリル」というプールサイドのバーは、あたしたち4人のお気に入りの場所になった。

7階リドデッキ
《「リド・グリル」というプールサイドのバーは、あたしたち4人のお気に入りの場所になった。》

 木製のテーブルには、水色のみんさー織模様のテーブルクロスがかかっていた。椰子のような観葉植物が何本か置いてあった。窓の外には、東シナ海の緑色の海が夕日を受けてピンク色にかがやいていた。プールは営業中で、水着を持ってこなかった夏実お姉ちゃんを悔しがらせた。そして、お酒以外の飲み物、食べ物は無料だった。
 コーヒー、紅茶、ジュース、石垣牛のハンバーガー、あさりのスープ、フライドポテト、ゴディバのショコリキサーまで、お金を払わずに食べることができた。無料といっても、旅行代金に入っているんだけどね。
「ルナナさんのいうとおりだよ。クルーズするなら胃袋を4つ持っていかなきゃって、いわれたんだよ」
「お姉ちゃん、胃袋が4つあったら牛だよ」
「船内新聞見た? 一日7食出るんだよ。モーニングコーヒー、朝ごはん、モーニングブレイク、お昼ごはん…」
「い、いいよ。リストアップしなくても」
 そういいながら、あたしたちはハンバーガーとポテトと、ショコリキサーを、ぺろっと食べた。ハンバーガーはファーストフード店のとはちがって、見た目は小さいけど、ふかふかのパンに分厚いジューシーな肉が挟まっていた。船を下りてから、お金払ってハンバーガーを買うのが地獄のようだね。
 夕食の前に、大浴場に行った。
 大浴場があるクルーズ船は、世界中でも日本船籍の四隻だけだという話だった。さすがに露天風呂じゃなかったけど、湯船の中に泡が出てきて、気持ちよかった。船の揺れに合わせて湯船のお湯が、たっぷんたっぷんと揺れていた。
「わたしたち、東シナ海の波と一緒に揺れてるんだよ」
 って、お姉ちゃんがいった。泡ぶろだったら陸の上にもたくさんあるけど、湯船のお湯が揺れ動くお風呂は、海の上しかないはずだよ。
 船客の半分が夕食を食べている時間だったから、あたしたち4人で貸し切り状態だった。ママやお姉ちゃんとお風呂に入るなんて、何年振りだろう。
ゆっくりしていたら、ディナーの時間が近づいてきた。着替えなきゃ。
 ドレスコードが「カジュアル」といっても、Tシャツとデニムではさすがにいけないらしい。少しはおしゃれをしなさい、ということか。そのあたりは詳しい夏実お姉ちゃんに任せておいたんだけど、失敗だったかなあ。
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■航海一日目 那覇港出帆 =2   2011/2/5 (土)
■航海一日目 那覇港出帆 2011年2月5日


(承前)
 テーブルの上に置いてあった船内案内図を手に、あたしは夏実お姉ちゃんと船の中を歩き回った。
 船の中は、沖縄の気分でいっぱいだった。沖縄の花や観葉植物が飾られていたり、みんさー織(石垣島の特産の織物だね)のテーブルクロスがかけてあったりした。きょうの「にっぽん丸」の中はたぶん、那覇の町なかよりも沖縄らしいと思う。
 七階まである「にっぽん丸」には、食堂や売店はもちろん、プール、ジム、図書室、医務室、ホールといろいろなものがそろっている。学校から教室を外してバーを付ければ、ちょうどこんな感じかな? いっしょけんめい回ったつもりだったけど、あたしたちは出帆前の一時間で全部見ることはできなかった。
 四時過ぎ、ママたちに携帯電話で呼ばれて四階のプロムナードデッキに行った。
プロムナードデッキは「にっぽん丸」を一周している甲板で、海や港がよく見える。出帆までまだ三十分以上もあるというのに、乗客が何人も集まっていた。さっきあたしたちが安全検査を受けた桟橋には、太鼓やチアの人たちが集まってきていた。小学生から高校生くらいの人たち。きょうは土曜日だから、学校が終わってから来たのかな。
 そのうち、太鼓に合わせて踊りが始まった。チアの人たちは寒そうに震えながら眺めていた。
「チアガールの人たち、おへそが見えてるよ。さすが沖縄。それに、スパッツも赤なんだね。脚上げると見えるよ」
 お姉ちゃん、あたしたち女の子同士だからいいけど、一歩間違えると、この会話の内容危ないよ。
いつの間にか、デッキは岸壁の見送りを見にきた乗客でいっぱいになった。
太鼓が終わってチアガールがおへそを出したユニフォームで踊り出したころには、船から色とりどりの紙テープが投げられた。

 那覇出帆
《船から色とりどりの紙テープが投げられた》

 このテープ、船のスタッフが配ってくれる。一つとったら、「遠慮しないで」という顔で、あと四巻くれた。どうやって投げるのかと思っていたら、夏実お姉ちゃんが手本を見せてくれた。左手にテープの端を持って、二~三メートル解いて、風に向かって投げる。投げ終わったら、船の手摺に結んでおいて、次のテープに取り掛かる。
「ルナナさんが教えてくれたんだよ」
「ああ、添乗員してるコスプレ友達ね」
「そう。練習してきたかいがあったよ」
 練習? どこでしたの?? まさか学校や歩道橋じゃないよね。
 お姉ちゃんのテープ投げの技を見ている人がもう一人いた。二〇年くらい前の古いトレンディードラマに出てきそうな、長髪の男。三〇代後半かな。あたしたちのママたちと同じくらいの歳だ。その男の人は、腕の力にモノを言わせて思いっきりテープを投げたけれど、案の定ちぎれてしまった。巻いたままのテープが岸壁のスタッフのすぐわきを直撃した。
 出帆のとき配られたのは、テープだけではなかった。大人にはシャンパン、飲めない人にはオレンジジュースがサービスされた。いくらするのかな、と思ったら、テープもジュースも無料だった。
 ジャンジャンジャンとドラが鳴った。前の甲板で笛の音が鳴って、「にっぽん丸」と岸壁を結んでいた太いロープが一本ずつ解かれていった。
 少しずつ「にっぽん丸」は真横に動いた。持っていた紙テープがピンと張って、ぷち、ぷち、と次々に切れて、ふわあっと風に舞った。とうとう陸と「にっぽん丸」を結ぶものがなくなった。岸壁の人たちが「行ってらっしゃい」と大声で叫んだ。
 名前も知らない人だよ、見送ってくれた人たちは。それなのに、あたしの胸は、わくわく感とちょっとした切なさでいっぱいになった。
「なんか、泣きそうだね」
 と、横で夏実お姉ちゃんがいってくれなかったら、あたしは涙を流していたかもしれない。移民でも引き揚げでもないのに、こんなにテンションをあげてしまって。船というのはいったい、なんていう乗り物なんだろう。
 弥生ママは「行ってきまーす」なんて叫んでいる。いつもは冷静なさくらママも、ハンカチを頭の上で振っていた。さっきお姉ちゃんを見ていたトレンディー崩れの男の人は、岸壁に向かって両手を上下に大きく動かしていた。
 今回の乗客は約四〇〇人という話だった。船のレストランの定員は三〇〇席だから、二回に分けて夕食をとる。あたしたちは二回目。午後七時半からの夕食だ。
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■航海一日目 那覇港出帆 =1 2011/2/5 (土)
那覇港
《これからあの船に乗るのかと思うと、わくわくしてきた》
■航海一日目 那覇港出帆 2011年2月5日

 船旅は、沖縄の那覇から始まる。
 土曜日の朝早く(あたしはこの日も学校を休んだんだよ)、羽田空港から那覇空港にジャンボジェット機に乗って行った。飛行機に乗るのが初めての夏実お姉ちゃんは、窓に顔をつけて下の様子を見ていた。雲が景色を隠すと、小さなスケッチブックを取り出して、キャビンアテンダントさんの制服を描き始めた。
「全日空って、ずっと前から芦田淳だったけど、今のは田山淳朗なんだよね」
と役に立たない知識を披露してくれた。まさかこの先、見かけた制服を全部スケッチする気か?
 空港から美栄橋という駅まで、モノレールに乗った。そこから港まではのんびりと歩いて行った。歩いているところは、那覇の下町だった。野良猫が二月の沖縄の太陽を求めて日向ぼっこをしていた。観光客が入りそうもない地元御用達の市場があったり、「カボチャ入り砂糖てんぷら」という不思議な看板があったりした。
 あたしは「カボチャ入り砂糖てんぷら」に興味を持った。どんな味なんだろう。それ以前に、どんな姿なんだろう。でも、先に歩いて行った三人について行った。あとでその話を夏実お姉ちゃんにしたら、
「そんないいもの見つけたら、すぐ買わなきゃ。そこで好奇心を抑えちゃうようじゃ、ルポライター失格だよ。減点1だね」
と笑われた。当たっているだけに、悔しいなあ。
 公園の銀ネムの植え込みの間から、船の赤い煙突が見えた。写真で見た「にっぽん丸」の煙突だ。思ったより大きい。これからあの船に乗るのかと思うと、わくわくしてきた。
 女の人がサックスの練習をしていたり、子どもや犬を連れて散歩していたり、高校生のお姉さんたちが買い食いをしていたり、みんな普通の土曜日の昼下がりを楽しんでいる。でも、その背景には白い大きな客船が浮かんでいる。何気ない日常と、とんでもない非日常が隣り合わせになっている。
 船のチェックインは、あっけなかった。
 安全検査のゲートをくぐって、手荷物を金属探知機でチェックはしたけど、何の反応もなかった。あの探知機、本当に電源が入っているのかなあ。今朝の羽田空港では四人とも引っかかって、靴底まで調べられたんだよ。持ち物は何も変わっていないよ。
 あたしたちの部屋(船では「キャビン」というんだって)は二階だった。夏実お姉ちゃんとあたしが224号室、ママたち二人が隣の222号室。すぐ近くにレストランがある。「ここなら時化たときにも、這ってでも食堂に行けますから」と、旅行会社の人が指定してくれたらしい。余計な親切だ。
 キャビンには宅配便で送っておいたスーツケースが届いていた。
スーツケースは一週間前に、宅配便があたしの家に取りに来た。あたしは、下着とパジャマくらいしか入れてなかったけど、コスプレが趣味の夏実お姉ちゃんは、ここぞとばかりにいろいろな服を詰めてきた。
 船の服装は「ドレスコード」といって、船会社が決めてくる。「今夜はこんな服を着てくださいね」という基準だ。
 大きく分けて、「カジュアル」「インフォーマル」「フォーマル」の三種類がある。今回の航海では「カジュアル」だから、あたしは気楽だった。夏実お姉ちゃんはドレスを着ける「フォーマル」な夜がなくて残念がっていた。でも、お姉ちゃんのドレスはコスプレ用だから、「フォーマル」ではなくて「マスカレード(仮装)」じゃないか。
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■ プロローグ 那覇空港
■ プロローグ

 二月初め。那覇の空は晴れていた。今朝まで雨が降っていたそうだけど、あたしたちが空港に降りたときには暑いほどだった。もわっとした、温室のような緑色した空気の匂いが、あたしたちを包んでくれた。
 到着ロビーには、丸い水色のロゴを掲げた『にっぽん丸』の係員が出迎えてくれた。
「尾花と荻野です」
 弥生ママがそういうと、係員はVIPルームに案内して手荷物を預かってくれた。
「免税品店経由で、無料シャトルバスが出ますけど、いかがいたしますか?」
 若いスタッフがあたしたちに聞いた。
「結構です。モノレールで行きます」
 さくらママが、きっぱりと答えた。

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《丸い水色のロゴを掲げた『にっぽん丸』の係員が出迎えてくれた》


  *  *  *



 半月前。一月のある日の夕食、あたしの弥生ママが真剣な顔をしていった。
「夏実ちゃんと実夏、これからちょっと大きな話をするから、心の準備をして」
 え、また『心の準備』なの?
 この前の春、心の準備といわれたときに、あたしと夏実お姉ちゃんのパパが同じ人で、二人は腹違いの双子だと告げられたのだ。今度はどこかに隠し子でもいるのだろうか。それにしては、夏実お姉ちゃんのさくらママがにこにこしている。
「あのね、二月の五日から九日まで学校を休んでほしいの」
 長いなあ。でも、六日が日曜日だから、休んで休めない日程ではない。夏実お姉ちゃんは公立校で土曜日休みだから、大丈夫だとうなずいている。
弥生ママはこう続けた。
「…わたしたち四人でクルーズに行きましょう。沖縄から台湾まで。いいでしょ」
 なんだって! クルーズといったら豪華客船に乗ってフランス料理を食べるというあれ? 
 弥生ママがイラストを描いている雑誌社が旅行会社とタイアップして、ママに船旅のモニターをしてもらうことになった。ギャラはたいして出ないが、そのぶん旅行代金はタダになるという。
 本当は一番高い「グランドスイート」を予約するつもりだったが、ママが「グランドスイート一人分で、コンフォートステートに四人乗れるでしょ」と交渉してくれた。コンフォートステートは、安い方から二番目の船室だった。タイアップする旅行会社は「あまり安い船室だと宣伝にならない」と渋ったらしいが、家族で楽しくクルーズするイメージもいいだろうということになった。
 だから、弥生ママとあたしと、さくらママと夏実お姉ちゃんという「家族」で船旅を楽しむことになったのだ。そして、この文章があたしのルポライターとしてのデビュー作になる。

にっぽん丸全景
《那覇港のにっぽん丸》
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